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ワン・だ・ホー・ライフ
作:高居空


  気が付くと、俺の胸には谷間ができていた。
  大胆にカットされた服の胸元、そこから艶めかしい肌色の谷間が顔を見せている。当然、その両脇には大きく膨らんだ二つの乳房がある。その下では、臍が服の間から露わになっていた。キラキラと光っているのはいわゆる臍ピアスだろうか。
  さらにその下には、明らかに丈の長さが短すぎるミニスカートがある。
  そこから伸びる生足にはむだ毛のひとつもなく、同じく肩から剥き出しになった腕は、自分の物とは思えないくらい細かった。その指の先には派手なマニキュアが塗られている。
  むわっと鼻腔に入り込んでくる臭いからして、顔には化粧も施されているのだろう。
  いずれにせよ、男の俺にはどれも無縁のはずのものばかりだ。
  おそらく、今の俺の外見は女……それもギャルのような感じになっているのだろう。
  何が起こっている……?
  本来なら慌てふためいてもおかしくないくらいの異常事態だというのは分かっているが、どうにも頭が靄がかかっているかのように朦朧として、意識がふわふわとして定まらない。
  たしか、俺は少しばかり酒を飲み過ぎて、意識が遠くなって……そういえば、意識が途切れる前に、“牙をむけ”だの“雄叫びをあげろ”といった男の声が聞こえたような聞こえなかったような……
  いや、そもそもここはどこなのか。
  少なくとも、ここが俺が酒を飲んでいた場所でないのは確かだ。
  夜の屋外のビルに挟まれた細い道。通りの向こう側から盛り場特有の喧噪が聞こえてくるのをみると、繁華街の裏路地といったところだろうか。見るかぎり、この通りには人の姿はないようだが……
  だが、その認識はものの数秒で破られた。
「…………見つけた」
  突然、目の前に現れる白い影。
  影の正体は、白地に青いラインの入った服を纏った少女だった。
  突然音もなく目の前に現れたため、人の形に認識できなかったのか、それともまだ酔いがまわっているため、認識が阻害されているのか。ともかく、月光に輝く銀髪が印象的な、どこか現実離れした美少女だ。
  だが、彼女がただの少女でないのは明らかだ。この道は見る限りビルに挟まれた一本道。そこに突然現れたということは、おそらくビルの上から飛び降りてきたのだろうが、周囲のビルの高さからして、常人では無事に着地できるとは思えない。人間離れした身体能力……それも音もなく着地するなんて、まるで猫のような身のこなしだ。
  強い印象を残す瞳の色をしたその少女は、刺すような視線を俺に向けたまま、指をすっと伸ばす。その動きに合わせ、指の先で鋭い爪が光を放ったように見えたのは気のせいだろうか。
「これ以上、あの子の側にはいかせない」
「ぎゃる!?」
  殺意のようなものさえ感じる少女の圧に、俺の喉から飛び出たのは、本来の自分の声とは似ても似つかぬ高い女の声だった。しかも意味不明な。
  だが、そのことに何かを感じるよりも前に、事態は新たな展開を見せる。
「ダメー!」
  突然、少女の後ろから飛んでくる静止の声。
  ほどなくして通りに現れたのは、目の前の少女より少し幼い感じの、二人組の少女の姿だった。快活さと優しげな雰囲気を併せ持つ金髪を三つ編みにした少女と、元気いっぱいといった感じの現実離れしたピンク色の髪色をした少女。二人は銀髪の少女の動きを妨げるように、その腕へとしがみつく。
「ギャルギャルを傷つけたらダメだって!」
  それでも動こうとする銀髪の少女を抱きつくように止めるピンク髪の少女。
  ギャルギャル?
「そうだよ! ギャルギャルのあの姿は本当の姿じゃないの! 元はニコニコキラキラした女の子なんだよ!」
  もう一方の少女が必死の表情で訴えかける。
  口にしていることはまったく分からないが、ともかく二人が銀髪の少女を止めようとしてくれているのは確かなようだ。
  ここはお礼を言った方がいいのだろうか?
  そんな俺に金髪の少女は顔を向け、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫。私達が貴方を必ず助けてあげるから」
  それをどこか冷めた目で見ていた銀髪の少女は、やれやれとばかりに息を吐く。
「……後は任せるわ。勝手になさい」
「うん!」
  その言葉に笑みを浮かべたピンク色の少女と金髪の少女は、ひとつ目配せすると俺の方へと向き直る。その手には、いつの間にかそれぞれスティックのようなものが握られていた。
「いくよ!」
「うん!」
  棒の表面を二人が指でなぞり、「わん、わん、わ〜ん」と唱えると、スティックの先からピンク色の光があふれ出す。
  その輝きが目に入った瞬間、俺の意識は急速に薄れはじめた。
「○○○○○○○○〜!」
  少女達の発した言葉も聞き取れないまま、俺が最後に見たのは、スティックの先から光の帯を伸ばしながら、ランデブー飛行のように光の中を舞い、俺に近づいてくる少女達の姿だった。
  何か布のような物が俺の体をグルグル巻きに拘束する。
  その外側から暖かい何かが伝わってくるのを感じながら、俺の意識は光の中に消えていった……。



  うう〜ん……
  目を覚ますと、そこは先ほどと同じ繁華街の路地裏だった。
  だが、その光景は先程までと何かが違ってみえた。
  ついさっきまでは、夜の繁華街の裏通り特有というか、なにかドロドロした危うい雰囲気が漂っていたのに、今は空気が変わったというか、ともかく、こんな夜の裏通りだというのに、やけに周囲がキラキラして見えるのだ。何だか素敵な何かが待っているような気がして、思わずニコニコしてしまう。
  目の前には先ほどの二人組が笑顔で立っていた。その片方、金髪の子の方が、何かトランクのような物を掲げている。開かれたトランクの中からは光が溢れ、視線がその向こうへと吸い寄せられる。
「おいでおいで〜」
  金髪の子の声に合わせて、自然と足が歩を進める。
  トランクの中へと手を伸ばすと、自分の体はその中へと吸い込まれていった。
「「おうちにおかえり」」
  二人のその声を最後に、再び意識は光の中で霧散した……。





  ……はっ!
  ぱちりと目を開けると、飛び込んできたのは見知った天井だった。
  いつもの部屋の天井。ベッドの上で目を覚ませばまず最初に目に飛び込んでくるものだ。
  なんだ、夢か……
  さっきの現実感があるんだかないんだか分からない謎体験が夢だったことが分かり、一つ息を吐き二度寝しようとした俺だったが、何となく体に嫌な違和感を感じ飛び起きる。
  ……いい!?
  見おろすとそこには、白いブラウスと落ち着いた色の膝丈のスカートを身に付けた俺の体があった。
  おい、ちょっと待て……
  俺の頬に冷や汗が垂れる。
  ひょっとして俺……
  昨日帰ってきてそのままベッドに直行した!?
  これはまずい。
  それが意味することに思わずあわあわする俺。
  ベッドに直行したということは、当然風呂にも入ってないわけで、体からかぐわしい匂いを放っている可能性は否めない。これで学校に行くとか、ひょっとして大ピンチなのでは!?
  せめてシャワー浴びるだけの時間はあるかとじたばたしそうになったところで、机の上に置かれた卓上カレンダーが目に入る。
  ……いや、そういえば今日は日曜だった。
  学校が休みだったことに気付き、ほっと胸をなで下ろす俺。
  そりゃそうだ。だいたい昨日も土曜で学校が休みだったから外出できたわけだし。
  そう、今時珍しい全寮制の我が女学院では、生徒が自由に外出できるのは土日祝日だけなのだ。
  さらに、外出可能な日も門限があるのだが、無事ベッドで倒れてたってことは、おそらくそれはクリアしてたんだろう。……疲れすぎてたのか、それとも外出先でやばい物でも飲んだのか、まったく記憶はないのだけれど……。というか、他にも何か色々と違和感のようなものを感じるような……。
  うん、それもこれもさっきの夢のせいだな。
  なんだか強引な気もするが、ともかく夢へと責任を転嫁する俺。
  そもそも俺が夢の中とはいえギャルの格好なんてしてたというのがまずおかしい。清楚で上品なのが売りの我が校で、あんな格好をしてたらみんな目を丸くしてしまう。いや、ひょっとして、あんな夢を見たのはここでの生活に色々と溜まってるものがあるからなのか……?
  しばし考えた後、やっぱり疲れてるんだろうという結論に至った俺は、とりあえず部屋に新鮮な空気を入れるため、カーテンと窓のサッシを開ける。
「わあ……」
  朝日を浴びた外の光景は、まるで初めて目にしたかのように、キラキラと輝いて見えた。
  それを見ているだけで、頭の中の違和感がすーっと消えていくのを感じる“私”。
  うん、なんかスッキリした気がするし元気も出てきた! 今日もワンダホーな一日になりそう♪



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