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コンプレックス解消クリニック
作:高居空
次の方、どうぞ。
こんにちは。ここを受診されるのは初めてですね。では最初に、受付でも確認させていただきましたが、念のため、再度確認させていただます。当院での施術は通常の医療行為とは見なされないため、保険の対象外になります。よろしいですか?
はい。また、施術により何らかの二次的な不都合が発生した場合も、当院は一切の責を負いません。同意いただけますか?
わかりました。それでは改めて、コンプレックス解消クリニックへようこそ。
さっそくですが、受付で回答いただいた問診を読ませていただきました。ええ、おそらく、この内容であれば当院の施術でコンプレックスは解消できるでしょう。ご安心下さい。
では、まずはこちらの椅子に座って、このゴーグル付きのヘッドギアを被って下さい。ええ、多少仰々しいですが、施術に必要なものですので。
それでは、これから施術に入ろうと思いますが、その前に少しだけ、我々のコンプレックスに対する考え方と、当院の施術方針を説明させていただきたいと思います。ええ、それほど時間はお取りいたしません。
さて、我々は、患者さんが抱えるコンプレックスについて、2種類に大別できると考えています。あくまで学術的なものではなく、我々のとらえ方として、という感じですが。
2つのうち1つは、世間一般的に言われるコンプレックス。こちらはあえて説明するまでもないでしょう。そしてもう1つが、一見前者のコンプレックスに見えるが、その本質は別物というものです。……といっても分からないですよね。
例を挙げましょう。芸能人で、「コンプレックスが原動力となって成長することができた」みたいなコメントをしている人を見たことがありませんか? 似た形としては、「いじめられていたことが自分の原点」とか言う人ですか。
ですが、そうした経験をしてきた人が皆、聖人君子かといえばそんなことはないでしょう? 逆に、そんな経験をしているにも関わらず、後輩芸人のマイナス部分をあげつらうのが芸風となっている人もいますし、中にはプライベートでパワハラや性的強要をしていたことが発覚して、業界から干されてしまったなんて人もいます。
我々は、彼らがなぜそのような行動を取ってしまったのかを考えました。そして辿り着いたのが、「彼らのいう原動力としてのコンプレックスは、自分がそう思っているだけで、実際はまったく別の物」という結論です。
コンプレックスやいじめが原動力になっているという人の話では、他人にそれを笑われることで、「今に見ていろ」という気持ちが湧いてきた、それが今の成功に繋がっているというエピソードがよく出てきます。
ですが、はたして「今に見ていろ」という感情は、コンプレックス由来のものなのでしょうか? むしろ、自分を馬鹿にした者達に対する「怒り」から発生した感情なのでは?
「今に見ていろ」という言葉の次には、おそらく「いつか見返してやる」という言葉が続くと思われます。つまり、この言葉からは、コンプレックスを克服するというよりも、自分を下に見た相手をいつか追い抜き、上から見下してやるという感情の方が強く感じられるのです。
まとめると、この場合に出てくるコンプレックスとは、相手が自分を弄ったりいじめたりするために用いたきっかけ、口実に過ぎず、それに対して抱いた感情は、コンプレックスから産まれた劣等感情ではなく、自分を弄り、下に見た相手への怒り、恨みであると考えるべきでしょう。
であれば、成功を収めた彼らの一部が、かつて自分が受けたであろう行為、またはそれに類することをやってしまうのも理解できます。下に見られた事への反骨心が原動力なら、その時に「成功した暁にはお前達と同じかそれ以上の事をやってやる」と心の奥で思っていてもおかしくはないですから。
と、少し話は逸れましたが、我々は、この後者のコンプレックスについて、画期的な解消法を確立しました。それがこれから受けていただく施術になります。
ええ、自分が下に見られた屈辱をコンプレックスと呼ぶのなら、いつか見返すのではなく、今すぐにでも、自分が見下した者達と同じ立場になってしまえばいいんです。我々がとある組織……ではなく機関と共同開発したこの機器は、それを叶えるための画期的な機械となっています。一種の改変装置といいますか。
良く分からない、ですか。ははっ、はじめてここに来られる皆さんは大体そうおっしゃいますね。大丈夫です。実際に施術を体感いただいたければ、納得いただけると思いますので。
さて、問診によると、あなたのコンプレックスは「オタク趣味を同じクラスのギャルに蔑まされたこと」でしたね。
ええ、もちろん解消できます。相手と同じ立場になれば、蔑まれることもなくなりますから。そもそも、ああいうのは、オタク趣味自体を蔑んでいるんじゃなくて、それを口実にタイプじゃない男性を弄んで楽しんでいるだけですし。
ああ、でも、あなたも一緒になってオタク男子を虐めなくてもいいんですよ。むしろ優しくしてあげた方が今はウケが良いとも聞きますから。
ほら、「オタクに優しいギャル」って言うでしょう?
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