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女殺し
作:高居空


  へえ、捌いたか。そこそこ投げナイフの腕には自信があったんだが、かすり傷だけとは恐れ入った。完全に虚を突いた死角からの投擲だと思ったんだが、ひょっとして気付いてたか? 腕利きの冒険者というのは嘘じゃないみたいだな。

  何者か? さてね。騎士様じゃあるまいし、いちいち名乗りをあげなきゃいけない決まりはないだろう? もしあんたがこの場を切り抜けて、その後で俺を雇いたいってなったら教えてやってもいいけどな。

  まあ、お見込みのとおりといったところだな。冒険者なんて、まっとうにやっているつもりの奴でも、なんだかんだで恨みを買ってるもんさ。だからこそ、俺みたいなのも食っていけるってわけだ。護衛を引き連れた要人を相手にするよりも、よっぽど長生きできそうだしな。

  いや、だからといって正面からの打ち合いなんかに付き合うつもりはないぜ。あんたはこう思ってるんだろう? 暗殺者の脅威は奇襲による一撃必殺にある。正面きっての戦いならばそれほど脅威ではない。初撃を凌いで相手が姿を晒した以上、今は自分の方が優位だと。だからそうやってどっしりと構えていられる。
  だが、こうも考えられなかったか? 初撃を外した時点で、なぜこいつは逃げ出さないばかりか、自分の前に姿を現したのだろうと。

  ああ、簡単な話さ。俺は最初から奇襲の一撃だけで相手を仕留めるつもりはなかった。いや、正確には、俺は男相手だと、どうしても一発で仕留めきれない体質でね。最初のあれは、ちょっとした仕込みというやつさ。
  さて、そろそろ効いてきたみたいだな。
  暗殺者のナイフ、その刃に何も細工がされてないとでも思ったか? 毒の一つや二つ仕込んであるのが当然だろう? 要はかすり傷を負わせただけでも目的は達成してるのさ。ひょっとしたら、既に解毒の手段を講じていたのかもしれんが……残念だったな。こいつの刃に宿っているのは毒ではなくて呪いなんだ。


  さて、もう体は自由にならないだろうし、呪いが浸透するまで、少し俺の身の上話をさせてもらおうか。
  俺は実は“女殺し”でな。
  女相手なら、誰でもヤれる力を持っている。
  まあ、我ながら若気の至りという奴でな。裏の世界のいかがわしい情報屋から仕入れた“女殺しになれる”という情報を元に、とある洞窟の最深部に隠された祭壇で一心不乱に励んだ結果、手に入れたのがこの加護というわけだ。
  そう、加護だ。
  冷静に考えてみれば当然だが、祭壇に向かって儀式を行い、何を得られるかといえば、祀られた相手からの加護以外にないだろう?
  この加護は文字通りの“女殺し”でな。対象の女に殺意を持って刃を振れば、例えかすり傷だろうと致命傷になるという類のものだ。もちろん、当時の俺は別の“女殺し”を想像していた訳なんだが。
  そして、この加護には反動とも言える呪いも付随していた。
  刃を振るった対象が男の場合、俺の攻撃はどんなことがあっても致命傷にならない。突然の強風で軌道が逸れる、刃が欠ける……。とにかく、あらゆる不条理により相手は落命を免れるのさ。まあ、致命傷にならないだけで、攻撃自体が無効にはならないだけまだマシなのかも知れないがな。
  ともかく、この時点で俺は、男を一切殺せない暗殺者になってしまったというわけだ。
  そんな特異体質になった俺が、それでもこの世界で生きていくために、多額の借金までして手に入れた物……それがさっきあんたを傷つけた投げナイフさ。
  こいつは元々は呪術師の家系だったが人身売買で裏の店へと売られた踊り子の娘が、同じ境遇の娘達の無念と怨念を集めて造った一品でな。刺した男を自分達と同じ立場に堕とす呪いがかかっている。
  その娘はこいつを切り札に最終的に店を乗っ取り、裏の組織からも独立して今は健全経営の店を営んでるんだが……俺にとってはそんな背景などはどうでも良い。ただ、その呪いさえ本物であれば、な。



  さあ、自分の体を見てみるが良い。
  大きく張り出した二つの乳房、くびれた腰、張り出す物など何もない下腹部。その肢体を男達に見せつけるための扇情的な衣装。
  あんたは若く男を悦ばせる踊り子の娘に生まれ変わったのさ。
  今のあんたを元のお前と結びつけられる者など、どこにもいないだろう。

  さて、踊り子の小娘になり果てた今のあんたなら、“女殺し”の俺は息をするのと同じくらい簡単に殺すことができるわけだが……。
  何なら、見逃してやっても構わないぞ。

  俺が依頼されたのは、とある冒険者の男の抹殺だ。既にその男はこの世に存在しないからな。

  まあ、だからといって、ただでというわけにはいかないがな。
  ちょうど俺の行きつけの酒場でツケの催促がうるさくなってきててな。そのツケを肩代わりして、清算が済むまでそこで働くっていうなら、見逃してやる。ちょうど踊り子が辞めて舞台に穴があいているんだ。向こうでも願ったり叶ったりだろうさ。

  ふう、そう睨まれてもな。身寄りのない見目の良い若い娘が一人で生きて行くのには、道が限られてるのはあんたも理解しているだろう? それに、俺はあんたを売ろうとしている訳じゃない。あの酒場は少なくとも踊り子達には良い働き口のはずだ。何せ、件の元踊り子の娘の直営店だからな。
  さて、あとは、裏社会の人間で、さっきまで敵対していた俺の言葉をどこまで信じるかだが……さあ、どうする?



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